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スチュワードシップ研究会
2019年度 スチュワードシップ研究会
「海外のESG投資の動向と日本への示唆」
開催日:
2019年9月19日(木)
ゲストスピーカー:
水口 剛氏 高崎経済大学副学長、同大学経済学部 教授
「海外のESG投資の動向と日本への示唆」
研究会メンバー:
池尾 和人(座長) 立正大学経済学部 教授
河村 賢治 立教大学大学院法務研究科 教授
大場 昭義 日本投資顧問業協会 会長
研究会専門メンバー:
荻原 亘 野村アセットマネジメント株式会社 執行役員 運用調査副本部長
小嶋 信弘 損保ジャパン日本興亜アセットマネジメント株式会社 代表取締役社長 社長執行役員
後藤 俊夫 東京海上アセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
菅野 暁 アセットマネジメントOne株式会社 代表取締役社長
堀井 浩之 三井住友トラスト・アセットマネジメント株式会社 執行役員
松下 隆史 三井住友DSアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長兼 CEO
オブザーバー:
岡田 則之 日本投資顧問業協会 副会長専務理事
2019年度のスチュワードシップ研究会は、国内外のESG投資に関するご知見が深く、様々な検討会の座長も務めておられる、高崎経済大学副学長、同大学経済学部教授の水口 剛先生に、ゲスト・スピーカーとしておいで頂き、海外のESG投資の動向とそれらの日本に対する示唆などについて詳しくお話し頂きました。その後、参加メンバーによる自由討論が行われました。水口先生のお話の一部を、以下に紹介します。
■ 社会コストというのは社会全体が負担するコストですから、結果的に誰かが、私たち社会が全体として負担することになります。それが回り回って経済全体の重石になるに違いありません。政府が復興にお金をかければ税金が使われるわけですし、個人が負担すれば需要は減るわけです。私たちは何らかのかたちでこの負担をしていますが、直接負担をしていないのでなかなか見えない。そこで、これだけの社会コストを考えたら、気候変動防止のほうにお金をかけるほうが合理的ではないか。これが恐らく基本的な発想ではないかというのが私の感覚です。
■ 私たちの経済活動はすでに地球環境の限界に行き着いている。気候変動もそうですし、生物多様性もそうですし、食糧生産もそうです。地球環境の限界にぶつかっている。このような危機のトライアングルがあって資本主義は限界に行き着いているのではないか。では、どうしたらいいのか。もちろん資本主義の仕組みを変えていかなければいけません。
■ 政府に任せておくだけでは遅すぎるのです。
これは資本主義システムそのものに内在する一種のシステミック・リスクなのではないでしょうか。本来、市場の一部で発生したリスクが市場全体にまん延していくことをシステミック・リスクと呼びますが、この種の外部性もある種のシステミック・リスクなのではないか。市場が気候変動、格差の拡大、ポピュリズムの発生といったものをうまく取り込めないことで、市場活動がそういうものを助長し、それが結果的に市場にはね返ってきて経済活動そのものを毀損してしまう。長い目で見れば、資本主義というシステムそのものが機能しなくなってしまうのです。
■ 社会的共通資本には持ち主がいません。持ち主がいないから市場に任せておくとどんどん毀損されていきます。しかも先ほど述べたように、政府に任せておいても十分には守られません。そこで私有財産を運用する投資家が、社会的共通資本である共有財産のことも考慮しながら行動することが必要ではないか。それがESG投資の本質的な意義なのではないか。いま貨幣資本は余っています。一方、自然資本、社会・関係資本は足りなくなっています。どちらに希少性があるのかといったら、自然資本や社会・関係資本のほうに希少性があるわけです。それにも関わらず、相対的に希少性が高くない貨幣資本の持ち主が相変わらずガバナンスの主体を担っています。
■ 市場には、資産分配機能とガバナンス機能と価格発見機能がありますから、それに即して考えてみましょう。まず、資産分配機能の観点からは、ESGインテグレーションやグリーンボンドへの投資、ESG指数の開発などが考えられます。また、ガバナンスの観点からはESGに関するエンゲージメントをすることになるでしょう。そのような行動を通して、今まで測られてこなかった環境(E)や社会(S)の要素も適正に評価され、将来的には価格がついていくということになるのではと思います。
それができるためには意思と能力とインフラという三つの条件が必要です。一番大事なのは、個々の機関投資家に自然資本や社会・関係資本のことも考慮して行動しようという意思があることです。ユニバーサルオーナーシップとはそういうことだと思います。EUはこれを制度化しようとしていますが、誰に強制されなくても自然資本や社会・関係資本を考慮して、投資行動しようと考えているプレーヤーが世の中に広範に存在していなければこの仕組みは成り立ちませんので、そういう意思を持ったプレーヤーをたくさん広めていくことが必要です。
■ 次に重要なことは、各機関投資家に、それが実現できる能力があるということです。ESGのリテラシーがあるということです。ESGの問題は、個別に見ていくと先ほど申し上げた畜産の話だったり、魚の話だったり、格差の話だったりして、いちいち奥が深いのです。簡単な解決策のない課題や、必ずしもコンセンサスができていない課題も多々あります。そのようなことについても独自の視点から判断できる能力のある人が投資家にいなければ、この仕組みは成り立ちません。
とても大変なことのようですが、投資家は今までもそういうことをしてきたはずです。今までも業種別に専門のアナリストがいて、その業界や企業に固有の動向やリスク、機会などを詳しく調査してきた。その調査の対象が少し広がって、環境や社会との関係についてもきちんと調査してください、そういう時代になってきたということだと思います。最後にそのような調査が可能になるためには、インフラとして情報開示の仕組みが整っている必要があると思います。
■ 私たちがどこを目指して行動すべきかということについては、すでに国際的な合意ができています。それがSDGs(Sustainable Development
Goals)です。SDGsの目標は17もありますが、言っていることはシンプルです。基本的には環境や自然資本をきちんと守り、貧困や不平等をなくして、そのことによって経済が安定する、そのような社会を目指そうではないかということです。SDGsは持続可能な開発目標ですが、それが目指すものは「持続可能な社会」です。
私たちは持続可能な社会というと、貧困がゼロになったら達成、CO2がゼロになったら達成というように、静的なものを思い浮かべがちですが、本来の持続可能な社会とは、そうではなく、自然資本や社会・関係資本を不断に守り続けるようなメカニズムを組み込んだ社会なのだと思います。つまり持続可能な社会とは、常に持続可能な方向に向かう不断のシステムであって、ある種の動的な概念ではないか。そして、ESG投資や責任投資というのは、そのようなメカニズムの重要な一部なのではないかと思っています。
海外のESG投資の本質を理解することを通じて、我が国の運用機関が責任ある投資家として、今後どうしていくべきかについて議論した大変有益な内容になっております。是非ご一読ください。